医師の守秘義務と診療情報(カルテ等)の開示

伝統的に医師は患者の病歴や健康情報というセンシティブな情報を扱うことから職業倫理として患者の秘密を守秘するべきものとされておりますが、今日においては法的な守秘義務として違反した場合には罰則が定められています。

他方で、現代社会において医師の果たす社会的役割に照らして、医療事故や交通事故を理由とする照会や産業保健の観点から就業先などから診療情報について問い合わせを受けることもあり、守秘義務との関係について思い悩むことも少なくありません。以下では、医師が負うべき守秘義務の内容について解説した上で、照会に対する診療情報(カルテ等)の開示が認められる場合についても解説いたします。

目次

1 医師の守秘義務

(1)刑事法に基づく守秘義務

医師法に医師の守秘義務を直接定めた規定はありませんが、刑法134条1項において次のように定められています。

第134条(秘密漏示)
医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

そのため、「正当な理由」がないにもかかわらず患者の診療情報を第三者に漏洩・提供した場合には同法の処罰の対象となりかねません。

なお、「正当な理由」が認められる場合としては次のようなケースが考えられます。

  1. 本人の承諾がある場合
  2. 法令に基づく場合
    • 母体保護法に基づき人口妊娠中絶について届け出る場合
    • 感染予防法に基づき患者について届け出る場合など
  3. 第三者の利益を保護するために秘密を開示する場合

なお、これ以外のケースとして、尿検査の結果、覚せい剤の反応が出た場合に、医師に法令上の通報義務が存在するわけではないものの、通報は守秘義務違反となるものではないと判示した判例があります(最判平成17年7月19日 判時1905号144頁)。

また、患者に対する偏見や差別に配慮し、特に厳格な守秘義務を課せられているケースとして、感染予防法におけるハンセン病やエイズ等が挙げられます。これらの秘密漏示については1年以下の懲役又は100万円以下の罰金と厳格な刑罰が定められています。

(2)民事法に基づく守秘義務

診療に際して患者との間では診療契約が成立し、明文の契約書が存在するわけではありませんが、診療契約に附随する義務として医師・医療機関は患者との関係で守秘義務を負うと一般的に解されています

そのため、医師が診療情報を漏洩した場合については、民事上の債務不履行又は不法行為を理由に、患者に対して損害賠償責任を負うことになります

また、医師が漏洩したわけではなく、雇用する看護師やスタッフ等の従業員が診療情報を漏洩した場合についても、医師や医療機関は、使用者責任(民法715条)などを理由に患者に対して損害賠償責任を負うことになる点には注意が必要です。

さらに、民事上の責任については、刑事上の責任と異なり、故意で診療情報を漏洩した場合はもちろんのこと、診療情報やカルテ等の管理などが杜撰で、誤って過失により漏洩してしまった場合についても同様に損害賠償責任を負うことになりますので、診療情報やカルテ等の適切な情報管理が重要となります

(3)個人情報保護法に基づく守秘義務

病院やクリニックなどの「個人情報取扱事業者」については、個人情報保護法に従って適切に個人情報の取り扱いを行うべき義務を負います。

かつては5000未満の個人情報しか保有していない小規模事業者は適用除外とされていましたが、現在では事業の規模にかかわらず個人情報保護法が適用されることになっていますので、例えば、小規模な個人開業のクリニックも同法の規制を受けることになりますので注意が必要です。

また、個人情報保護法では、保有する個人情報が検索可能に体系化されている場合には「(保有)個人データ」として、より厳格な規制を設けています例えば、紙面のカルテ等を五十音順や生年月日順などで探しやすくしている場合も含まれますので、ほとんどの医療機関が患者の診療情報を検索できるようにしていると思われますので、この厳格な規制を受けることになります

医療機関が負う個人情報保護法上の義務は概ね次のとおりです。

  1. 利用目的の特定、利用目的の制限(17条、18条)
  2. 不適正な利用の禁止(19条)
  3. 利用目的の通知
  4. 個人情報の適正な取得、個人データ内容の正確性の確保(20条、22条)
  5. 安全管理措置、従業員の監督及び委託先の監督(23条~25条)
  6. 漏洩等の報告(26条)
  7. 個人データの第三者提供の制限(27条)
  8. 公表等、開示、訂正等、利用停止等の義務(32条~35条)

具体的な義務の内容については、令和5年3月一部改訂の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(ガイドライン)が個人情報保護委員会・厚労省によって定められていますので、参考となります。

2 患者からの診療情報(カルテ等)の開示請求

医療機関やクリニックにおいて、患者からカルテ等の診療情報の開示について請求を受ける場合は数多く存在します。事前にカルテ開示等の手続を定めて、運用している医療機関も存在しますが、そのような手続などを定めていない個人のクリニックがこのような開示請求を受けた場合、どのように対応すればよいのでしょうか。

(1)診療情報(カルテ等)の開示・手続

ア 開示義務

前述のように、個人情報保護法では、保有する個人情報が検索可能に体系化されている場合には「(保有)個人データ」としてより厳格な規制を設け、その一つとして本人からの開示請求に対する開示義務を定めています(個人情報保護法33条)。

医療機関やクリニックでは、基本的に患者の診療情報を検索できるようにしていると思われますので、そのような場合には患者からカルテ等の診療情報の開示を求められた場合、個人情報保護法に基づいて開示することを義務づけられることになります

また、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針の策定について」や日本医師会の定める「診療情報の提供に関する指針」においても、医師および医療施設の管理者は、患者が自己の診療録、その他の診療記録等の閲覧、謄写などの開示を求めた場合には、原則としてこれに応じなければならない旨が定められています。

イ 開示方法

開示の方法については、閲覧、書面による写し又は電磁的記録の提供による方法など様々ありますが、クリニック・医療機関側が定めた方法のうち、患者が請求した方法によることになります(個人情報保護法37条1項)。基本的には紙カルテの場合は書面のコピー、電子カルテや画像・映像情報等の場合は記録メディアにコピーして交付する方法が多いように思われます。

ウ 手数料

開示の際の手数料については、「実費を勘案して合理的であると認められる範囲内において、その手数料の額を定めなければならない」(個人情報保護法38条2項)とされており、あまりに高額な手数料を定めることは個人情報保護法違反となる可能性がある点には注意が必要です。もし悩まれる場合には弁護士などの専門家にご相談ください。

(2)開示を拒否できる場合

個人情報保護法による開示義務については次のような例外が認められています。

ア 本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合

具体例としては、前述のガイドラインに、患者・利用者の状況等について、患者・利用者の家族や関係者から情報提供を受けている場合に、患者本人から開示請求を受けた際に、情報提供者の同意を得ずに患者・利用者自身に当該情報を提供することにより、患者・利用者と家族や患者・利用者の関係者との人間関係が悪化するなど、これらの者の利益を害するおそれがある場合が挙げられています。例えば、患者の家族から、患者は癇癪を起こす癖があり扱いには注意して欲しい等の情報提供を受けていた場合が考えられるでしょう。

イ 当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合

具体例としては、診療情報提供書などに患者についての申し送り事項として、医師や看護師に対して攻撃的なため取り扱いには十分に注意されたい等の記載があり、開示により情報提供者と受領者や患者との信頼関係を破壊して診療業務を困難とするような場合には、当該事由に該当し拒否できるとする場合もあると考えられます。

ウ 他の法令に違反することとなる場合

カルテ等や診療情報の開示が、他の法令に違反する場合にも開示を拒否できるとされています。

(3)開示義務違反による罰則等

ア 個人情報保護法に基づく

個人情報保護法に基づく開示請求に対して、正当な拒否事由がないにもかかわらず開示を拒否した場合、個人情報保護委員会による「報告徴収」、「立入検査」、「指導・助言」、「勧告」及び「命令」が行われることになります(同法146条~148条)

そして、そのうち「命令」に従わない場合には1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科される可能性があります(同法178条)。以前は6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金とされていましたが、厳罰化されました。

イ 民事上の責任

患者からの診療記録等の開示について、正当な理由なくこれを拒否した場合に前述の個人情報保護法違反を理由とする罰則とは別に、別途民事上の損害賠償(慰謝料)の請求が認めらえる可能性があります

実際の裁判でも、「診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすベき義務を負っていた」とされ(東京地判平成23年1月27日 判タ1367号212頁)、これに違反したことを理由に22万円の損害賠償(慰謝料)の請求が認められた事例があります。

(4)レセプトの開示について

診療報酬の請求のために保険者に対して月次で提出する診療報酬明細書のことを「レセプト」と呼びますが、このレセプトについて医療機関に対して開示請求を求められることがあります。

この点、レセプトについては保険者に対して開示請求することも可能ですが、医療機関やクリニックにおいても開示が可能である以上、個人情報保護法に基づき開示義務を負うと考えられます。

3 第三者からの診療情報(カルテ等)の開示請求

(1)前提について

本人からの診療情報(カルテ等)の開示請求があった場合については、原則、開示請求に応じる必要があることを解説させていただきましたが、患者本人以外から診療情報の開示請求があった場合はどうでしょう。

この点については、前述の刑事法、民事法及び個人情報保護法に基づく守秘義務にそれぞれ違反しないかという観点から検討を行う必要がありますが、原則として本人の同意なく患者の診療情報(カルテ等)を第三者に提供することは守秘義務違反となります

しかし、本人の同意の有無を確認できない場合やその他にも悩ましい事例が多くありますので、以下では悩ましいケースごとに解説いたします。

なお、個人情報保護法では「病歴」などの不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要する個人情報については「要配慮個人情報」と定められているところ、診療情報もこれに準じるものとしてオプトアウト方式(事前に第三者提供することを示しておくことで、特に本人から反対がない限り第三者提供を許容する方式)による第三者提供が禁止されている点については注意が必要です。

(2)患者の家族からの開示請求

患者の家族であっても、患者本人の同意なく患者の診療情報を提供することは守秘義務違反となりますので、事前に患者本人に意思確認を行う必要があります。

ただし、前述の厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針の策定について」でも定められているように、15歳未満又は重度の認知症などにより判断能力に疑義がある場合には、その保護者や世話を行っている親族などから開示請求があった場合には開示請求に応じる必要があります。

また、遺族からの請求についても、前述の厚生労働省の指針において、患者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重して、患者の配偶者、子、父母及びこれに準ずる者などの遺族に対して、死亡に至るまでの診療経過、死亡原因等についての診療情報を提供しなければならないと定められています。

(3)警察・検察からの開示請求

警察や検察からの開示請求の場合、令状に基づく「強制捜査」の場合と令状に基づかない「任意捜査」の場合が考えられます。

この点、個人情報保護法との関係では、前述のガイドラインにおいていずれの場合も同法27条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するとされており、違反にはならないと考えられます。

他方で、刑事上及び民事上の守秘義務との関係で違反とならないかは検討の余地がありますが、捜査に協力するという公益上の理由に基づくものであれば、守秘義務に違反すると判断されるケースは少ないと考えて良いと思います

なお、任意捜査による開示請求の場合には、正式な捜査であること確認し、開示の範囲を明確にする観点からも、捜査関係事項照会書等の書面による開示請求を依頼した方が良いでしょう。

(4)裁判所からの開示請求

裁判所からの開示請求の場合、裁判所が文書の所持者に対して文書の送付を行うように嘱託する手続である「文書送付嘱託」の場合と団体に対して特定の調査を嘱託する手続である「調査嘱託」の場合が考えられます。

この点、個人情報保護法との関係では、前述のガイドラインには明確な記載はないものの、捜査機関による照会の場合と同様に考えて違反とならないと考えて良いと思われます。

他方で、刑事上及び民事上の守秘義務との関係ですが、カルテ等の文書送付嘱託に対して医療機関が開示を行った事例において、「民事紛争の適正かつ実効的な解決という公益に寄与するために行った正当な行為であると評価されるべきものであり、このような評価を覆すほどの特段の事情がない限り、違法性が阻却されると解すべきである。」としています(大阪高判平成19年2月20日 判タ1263号301頁)。

この事例に従えば、基本的には守秘義務違反にならないと考えて良さそうですが、特段の事情がない限りと留保していますの、場合によっては念のため同意書の提出を求めること等が考えられます。

事案により適切な対応は異なりますので、悩ましい場合には専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。

(5)弁護士会からの開示請求

弁護士会から弁護士会照会という形で診療情報の開示を求められることがあります。これは弁護士法23条の2に基づく照会請求です。

この場合、「『医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス』

に関するQ&A」のQ4-4において、法的な根拠に基づくもので個人情報保護法との関係では違反を構成するものではないと考えて良いでしょう。

他方で、刑事上及び民事上の守秘義務との関係ですが、区長に対する前科照会の事案ですが、弁護士会照会について漫然と全ての前科について回答を行った事案で回答を違法としたケースもありますので(最判昭和56年4月14日 刑集35巻3号620頁)、照会の内容や理由、開示の範囲について検討を行った上で、対応することが望ましいでしょう。

こちらも事案により判断は異なりますので、判断に迷う場合には専門家にご相談ください。

(6)職場からの開示請求

前述のガイドラインにも明記されているように、職場から従業員の病状や休業中の従業員の職場復帰の見込みについて照会を受けた場合、本人の同意なく診療情報の開示を行うことは認められません。

他方で、事業者は安全衛生法に基づき従業員に対して健康診断、面接指導やストレスチェックを実施するものとされ、医療機関や産業医がその委託を受けることがありますが、その結果について職場に対して報告(提供)を行うことについては、厚生労働省の定める「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」により本人の同意を得る必要はないとされています。

なお、ストレスチェックの結果については安全衛生法66条の10第2項により本人の同意を得る必要があるとされています。

4 まとめ

以上のとおり、医師は職業倫理の観点からも法的にも厳しい守秘義務を負っており、これに違反した場合には刑事罰や医業停止処分などの行政処分を課される可能性もあります。

他方で、その社会的役割から患者の診療情報について意見を求められることも少なくなく、逆に守秘義務に反して情報開示をしなければならないケースも数多く存在し、しかも、開示の可否に悩むケースも多く含まれます。

当事務所では、個別の開示請求について拒否してよいのか、応じなければいけないかの助言も多く行っておりますので、もし、そのようなケースでお困りの場合には当事務所までお気軽にご相談ください。

著者のイメージ画像

G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。