医療機関における労働時間管理

医療機関については一般的な会社などと異なる労働形態のため医師以外の看護師やスタッフの労働時間の管理について特殊な配慮が必要です。

特に、医師は非常に多忙であるものの専門職であり、また、相応の給与を支給している例も多く、残業代の支給やその前提となる労働時間の管理については、つい軽視してしまう病院やクリニックも多く見受けられるところです。しかしながら、基本給が高額であるからこそ、もし残業代請求等がなされた場合には支払額が非常に高額なってしまう事例が多く存在します。

以下では、医療機関について特に問題になりやすい労働時間管理に関するポイントについて解説いたします。

目次

1 労働時間について

医療機関の業務は多岐にわたるところ、例えば、医師の業務について外来・診察・手術などの時間が労働時間に該当することはすぐに分かると思いますが、業務の中には労働時間に該当するのか判断に悩むものも数多く存在します。以下では、医療機関における各業務について「労働時間」に該当するのか検討してみたいと思います。

前提として、労働時間は次のとおり定義されます。

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。

つまり、労働時間か否かは、「実質的に使用者の指揮命令下に置かれているか」により実質的に判断されるということです。雇用者側が雇用契約や就業規則において一方的に労働時間か否かを定めることができるものではありません。

この点、厚労省の定める「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、業務に必要な準備行為(制服などの着替え等)や業務終了後の後始末なども労働時間に含まれるとされています。そのため、受付・診察時間を所定労働時間として定めている場合、その時間以外に準備行為や後始末を行うように指示している場合、労働時間として評価されるためその分の給与を支払う必要があります。

2 研鑽に関する時間

医療従事者は専門職であるところ日々の研鑽が重要になります。特に、医師については自らの知識・技能を高めるために勉強会や手術・処置等の見学に参加するケースが多く見受けられます。このような自己研鑽の時間は労働時間に該当するのでしょうか。

このような自己研鑽の時間が労働時間に該当するかについては厚労省が「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」との通達を出しています。

この通達によると、一般的な考え方としては所定労働時間内に使用者に指示されて実施される研鑽については労働時間に該当しますが、所定労働時間外に使用者の明示・黙示の指示によらずに実施される研鑽については労働時間に該当しないとされています

そのため、外部の勉強会・講習会への参加、博士の学位取得などのための研究及び論文作成や手技を向上させるための手術などの見学については一般に労働時間に該当しないものと考えられます。

しかし、外部の勉強会・研修会への参加が使用者の明示・黙示の指示に基づく場合や不参加による不利益的な取り扱いが定められている場合、労働時間に該当する可能性がありますので注意が必要です。

3 当直(宿日直)に関する時間

(1)当直(宿日直)について

医療機関においては、医師や看護師等が当直勤務にあたることが一般的です。当直とは通常の勤務時間外に勤務することをいい、通常労働とは異なり待機・監視などの断続的業務が中心で当直医の場合には入院患者の急変や急患があれば対応することになります。この当直のうち夜間に行うものを宿直、日中に行うものを日直といいます。このような宿日直の時間は労働時間に該当するのでしょうか。

(2)断続的労働について

法律上、実作業が間欠的に行われ、休憩は少ないが手待ち時間の多い労働のことを「断続的労働」というのですが、このような断続的労働について労働基準法41条3号は行政官庁の許可をうけることを条件に通常の労働時間(時間単価での計算)とは異なる取扱いをすることを認めています。

そのため、当直業務についても「断続的業務」として当直業務の時間について時間単価での計算ではなく、当直手当を支給することで足りるとするためには当該許可を受ける必要があることになります。仮に、許可を受けずに当直を行わせている場合、当直時間が全て労働時間と扱われ、全額の残業代を支給する必要が生じます

(3)当直業務が断続的業務とされる許可基準

「断続的業務」に該当するための許可基準については次のとおり定められています。

  1. 常態として、ほとんど労働をする必要のないこと
  2. 手当の最低額は、当該事業場において宿直又は日直の勤務につくことの予定されている同種の労働者に対して支払われている賃金の一人1日平均額の1/3以上であること
  3. 宿直については週1回、日直については月1回を限度とすること

さらに、医師や看護師等の当直は特に問題になりやすいため、厚労省から特に医師、看護師等に向けた追加の基準が公表されています(医師、看護師等の宿日直許可基準について)。

  1. 基本的には当直は通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること。すなわち、通常の勤務時間終了後もなお、通常の勤務態様が継続している間は、通常の勤務時間の拘束から解放されたとはいえない。
  2. 宿日直中の業務は、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の次のような業務に限ること
    • 医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等(軽度の処置を含む。以下同じ。)や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
    • 医師が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと看護職員が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等を行うことや、医師に対する報告を行うこと
    • 看護職員が、病室の定時巡回、患者の状態の変動の医師への報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温を行うこと
  3. 宿直の場合は、夜間に十分睡眠がとり得ること

以上のような業務の範囲を超えて、通常の内容の業務を行わせてしまっている場合には「断続的業務」とは認められず、宿直については待機時間も含めて全て労働時間と扱われることになりますので多額の残業代が発生する可能性があるため注意が必要です

宿日直が実際に許可基準を満たすものかについては、事案により微妙な判断を要するものも多いので専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。

4 自宅待機(オン・コール)の時間

医師については、緊急時にすぐに病院に駆け付けられるように自宅待機の時間が設けられる場合があります。このようなオン・コールの時間は労働時間に該当するのでしょうか。

オン・コール中の時間が労働時間に該当するのかについては、前述のとおり「使用者の指揮命令下に置かれていたか」により実質的に判断されることになりますので、各事例ごとにどのような形態でオン・コール制度が運用されているかを検討する必要があります。

この点、オン・コール勤務が労働時間に該当するかどうか争われた事例では、その病院のオン・コール制度は医師間の自主的な取り組みであり、病院の制度として運用されていたものではなく、黙示の業務命令があったとはいえないと判断してオン・コール勤務の時間は労働時間に該当しないと判断しています(最高裁三小平25年2月12日決定)

しかし、これはオン・コール勤務について一律として労働時間に該当しないと判断したものではなく、オン・コール勤務が労働時間に該当するか否かについては事例ごとの個別具体的な判断が必要となります。オン・コール制度について労働時間と判断される可能性がないか懸念がある場合には専門家にご相談ください。

5 医療機関の労働時間管理

(1)医療機関の所定労働時間

医療機関では診療時間にあわせて勤務時間を設定すると労働基準法違反となる可能があります。例えば、以下のようなケースを考えてみましょう

曜日
午前8:00-12:008:00-12:008:00-12:008:00-12:008:00-12:008:00-12:00
午後13:30-18:0013:30-18:0013:30-18:0013:30-18:00

労働基準法では所定労働時間は1日8時間まで、週40時間までと定められていますので、上記のように1日8時間30分の労働時間や1週間44時間の労働時間はいずれも労働基準法違反となります。超過した分については給与とは別に残業代を支給する必要が生じますし、もし長年にわたり多くのスタッフがこのような働き方をした場合、未払い残業代は膨大な金額となってしまいます。

(2)法定労働時間の特例(1週間40時間→44時間)

前述のとおり、労働基準法で法定労働時間は週40時間までとされていますが、スタッフなどの従業員が常時10名未満の病院やクリニックについては特例措置対象事業所として1週間の労働時間を44時間までとすることが認められています(労働基準法40条、労基法施行規則25条の2)。

そのため、この特例適用することで1週間44時間までの範囲で残業代を支払うことなくシフトを組むことが可能になります。ただ、事後的に40時間から44時間に延長することは労働条件の不利益変更として原則として従業員の同意が必要となるため、開業時に制度化しておくことが重要です。

(3)1ヵ月単位の変形労働時間制の利用

前述の特例を利用しても、1日8時間の法定労働時間の規制は残ることなります。そのため、上記のようなケースでは1ヵ月単位の変形労働時間制を利用することが考えられます。

1ヵ月単位の変形労働時間制を採用すると、基本は1ヵ月単位として、この期間の1週間の労働時間の平均が40時間(前述の特例を利用する場合は44時間)に収まっていれば、1日8時間以上の労働をさせることが可能になります(残業代を支払う必要はありません)

1ヵ月単位の変形労働時間制を導入するためには、労使協定または就業規則で明文化する必要があります。その際には、対象期間や起算日を明文化し、各労働日及び労働時間を事前に定める必要がある等、細かい規制がありますので導入する際には専門家に相談することをおすすめします。

6 まとめ

以上のとおり、医療機関における医師や看護師等は一般的な会社と大きく異なる業務内容を含むため、労働時間管理にも格別の配慮が必要となります。特に、医師は一般的に給与が高く設定されるため、不適切な管理が行われた場合の残業代などの支払いの負担が非常に高額になる可能性が高いので、専門家に相談する等してしっかり制度設計を行うことが重要です

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。