医療機関における残業代

医療機関で働く医療従事者、とりわけ医師については高額の給与が支払われること、技術・知識の習得が不可欠な専門職・プロフェッショナル職であることなどから残業代の支払いに対する意識が希薄である傾向があるように思われます。

しかし、医師であっても勤務医である場合、雇用契約を締結している以上は労働者であることに変わりはないため、労働基準法に従って残業代を支払う必要があります。

仮に、残業代を支払っていない場合、また、支払っていても残業代支給について不適切な点がある場合、医師の給与が高額に設定されていることもあり、医療機関の経営に影響を与えかねない非常に高額の未払残業代が発生するリスクがあります。

以下では、医師の残業代に関して、注意するべきポイントについて解説いたします。

目次

1 医療機関の残業代の基礎知識について

(1)医師であっても残業代は請求できる

前述のとおり、医師の給与が高額に設定されていること、専門技術職であるところ技術・知識の習得が不可欠であること、患者の命を預かるプロフェッショナルとして残業もやむを得ないとの姿勢になりがちであること等が要因で残業が常態化しているケースが多く見受けられます。

しかし、師であっても「勤務医」や「研修医」については、医療機関と雇用契約を締結する労働者に該当することになりますので、原則として法定労働時間を超過した分の残業代を支払う必要が生じますので注意が必要です。なお、医師についても残業代を支払うべき労働者に該当することについては、「医師の労働者性」で詳しく解説しています。

そのため、医師である以上、長時間労働は当然との姿勢で残業代の扱いを軽視してしまうと、給与が高額に設定されていることもあって非常に多額の残業代請求を受けるリスクがあります。

(2)残業代を支払う必要がある場合と残業代の計算

そもそも、残業代を支払うべきケースはどのような場合でしょうか。詳しく見ていきたいと思います。

ア 法定内残業と法定外残業

残業については、大きく①法定内残業、②法定外残業の2種類の場合があります。詳細は次のとおりです。

法定内残業:所定の労働時間を超過したものの法定労働時間は超過しない残業
法定外残業:法定労働時間(1日8時間、1週間40時間)を超過した残業
※従業員が常時10名未満の特例措置対象事業所については1週間44時間

例えば、1日の労働時間が9時~17時(休憩12時~13時)と7時間と定められていた場合に、9時から19時まで労働したケースを想定してみます。このうち17時~18時は所定の労働時間を超過したものの法定内残業18時から19時は法定労働時間(1日8時間)を超過したので法定外残業となります。

このうち法定外残業については法律で定められた割増賃金を支払う必要があるため、法定内残業か法定外残業かで金額が異なってきます。

イ 割増賃金

先ほど説明した法定外残業に加えて、法定休日に労働させた場合の「休日労働」、深夜時間帯(22時~翌5時)に労働させた場合の「深夜労働」の場合にも割増賃金を支給する必要があります。

法定外残業(時間外労働)、休日労働、深夜労働の割増賃金の割増率については以下のとおりです。

種類割増率
法定外労働
(時間外労働)
60時間以下25%以上
60時間超50%以上
休日労働35%以上
深夜労働25%以上

なお、クリニックや病院などの医療機関のうち従業員100名以下の医療機関について、以前は60時間超の割増賃金率は25%以上とされていましたが、働き方関連法による法改正により2023年4月から医療機関の規模にかかわらず60時間超の割増賃金率は50%以上とされています。医師の残業時間の上限規制と合わせた法改正の詳細については「医療機関の働き方関連法対応」で解説しています。

ウ 残業代の計算

残業代の計算式は次のとおりです。

1時間あたりの賃金単価 × 割増賃金率 × 時間外労働時間

このうち1時間あたりの賃金単価については、基礎賃金÷月平均所定労働時間で計算します。この点、基礎賃金とは基本給を意味するものではなく、労働基準法で除外することが認められている家族手当や通勤手当などを除く支給額の全てが含まれるとされています。

なお、医療機関の場合、医師や看護師等の従業員が常時10名未満のクリニックについては特例措置医療機関として法定労働時間が週44時間とされているので、賃金単価の分母が大きくなり残業代全体を低く押さえることが可能になるため、利用可能な場合には積極的に活用しましょう。

その他の残業代計算の詳細については、「残業代請求の基礎知識」で解説しています。

エ 宿直について

宿直については、「断続的業務」として行政官庁の許可を受けることを条件に労働時間に含めない(カウントしない)ことが可能です。しかし、宿直の実態が宿直の要件を満たさない場合には宿直も全て「労働時間」としてカウントされてしまいます。この場合、非常に高額な残業代が発生する可能性があります。詳細については「医療機関の労働時間管理」で解説していますので、参考にしてください。

(3)具体的なケースでの残業代

では、残業代の未払いがどの程度の金額になるのか。次のような事例で単純化して考えてみたいと思います。

月給:100万円
1月当たりの所定労働時間:171時間(1日8時間)
平均残業時間:平均80時間(うち深夜労働が20時間)

この場合、1時間当たりの賃金単価は100万円÷171時間=5848円となります。

そのため、約1ヵ月分の残業代等は次のように計算することとなり、その合計額は64万3280円にも及びます。

【残業代】
①60時間以下:5848円×60時間×1.25=43万8600円
②60時間超:5848円×20時間×1.5=17万5440円

【深夜労働手当】  
5848円×20時間×0.25=2万9240円

現在、残業代の時効は3年間とされていますので、3年分で2315万8080円もの金額となります。もちろん、固定残業代制を採用している場合もありますが、後述のとおり固定残業代制は無効とされるケースも多い制度です。

また、宿直などについてその実態に照らして労働時間に含めてカウントされてしまった場合、支払うべき金額はさらに高額となります。

2 医療機関の賃金形態と残業代

(1)固定残業代制(みなし残業代制)

固定残業代制(みなし残業代制)とは、一定の残業時間分を基本給(月給)に含めて支給する制度です。

月給を高く設定できることから求人の観点から有利で、多くの病院やクリニックなどの医療機関で採用されています。しかし、同制度は固定残業代制という名称から固定額の残業代を支給すればそれ以上の残業代を支給する必要がないと誤解を招きがちですが、固定残業代(みなし残業代)に相当する残業時間を超過した場合にはその分の残業代を支給する必要がありますので注意が必要です。

また、そもそも固定残業代制が有効とされるためには、①固定残業代の採用が労働契約内容となっていること、②基本給と残業代の区別がつくこと、③固定残業分を超過した場合に精算が行われていること等の複数の要件をクリアする必要がありますが、かなり多くのケースで無効と判断されています(詳細は「残業代請求の基礎知識」で解説していますのでご確認ください)。

もし、固定残業代制の有効要件を満たさずに無効とされてしまった場合、固定残業分も含めた高額な金額が基本給とされた上で、過去に一切の残業代を支給していなかったとの前提で残業代が計算されることになるため、非常に高額な未払残業代が発生するリスクがあります

 例えば、月給100万円(うち固定残業代35時間分(20万円分)を含む)と定めている場合、基本給を100万円として残業代の計算を行い、さらに35時間分(20万円分)の残業代は一切支払われていなかった扱いとなります。

(2)年俸制

年俸制とは、1年単位で給与額を決定して支給する制度です。

年俸制についても数多くの誤解がありますが、年俸制とは日給、月給のように年単位で給与を定める方式に過ぎませんので、年俸制であったとしても所定労働時間を超過した分の残業代については法律に従って支給しなければなりません

そのため、年俸制を採用しているからといって労働時間管理や残業代支給が不要となるわけではなく、原則として1日8時間、週40時間を超過した分の労働時間について残業代を支給する必要がありますので注意が必要です。

(3)管理監督者

管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、管理監督者については残業代や休日労働に対する割増賃金の支払は不要とされます

医師の場合については、看護師や他のスタッフを管理する立場にある等として「管理職」として扱い、管理職手当などが支給する代わりに残業代が支給していないケースもあるかと思います。しかし、「管理者」であるからといって、労働基準法上の「管理監督者」に必ずしも該当するわけではなく、残業代を支払う必要のない「管理監督者」に該当するか否かについては次のような観点から実質的に判断されます

  1. 事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を有していること
  2. 自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
  3. 一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること

しかし、病院の経営者と一体的な立場で経営に関与できる場合や出退勤の自由を認めているケースはほぼ皆無と思われますので、管理者だからと残業代を支払わないことは違法となってしまいます。

(4)専門業務型裁量労働制

労働基準法38条の3の専門業務型裁量労働制により、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」については事前に決めた特定の時間について労働したものとみなすことができるとされています。同制度の利用により、原則として残業代の支給は不要となります。

しかしながら、「専門業務型裁量労働制」という名称から誤解を受けがちですが、医師は同制度を適用できる業務としては挙げられておらず、この制度を利用することができません

そのため、医師については同制度を適用することはできませんので、就業規則などで同制度を利用しようとしたとしても医師の残業代の発生することになりますのでご注意ください。

3 まとめ

以上のとおり、医師については給与が高く設定されていることや専門性・プロフェッショナルな職業体質などから、残業代に対する関心が希薄な傾向にあるにもかかわらず、残業代については数多くの論点を抱えており、いざ残業代支払の請求を受けた場合には多額の経済的負担を強いられることになりかねません。このようなリスクを避けるためには、残業代に関する正しい知識と制度設計及び運用が不可欠です。事例ごとに微妙な判断を必要とするケースも少なくありませんし、時間が経過すればするほど経済的な損失は大きくなりますので、心配な場合には一度専門家に相談いただくことをおすすめいたします。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。