残業代請求の基礎知識

目次

1 残業代とは

労働契約では、所定労働時間が定められており、これを超過して労働を行った場合等については法律で定められた基準に従って時間外労働手当・休日手当・深夜労働手当などを支給する必要があります。

例えば、雇用契約において所定労働時間が9時から18時までと定められていた場合に、20時まで業務を行ったとすれば、企業は2時間分の時間外労働手当を支給する必要があることになります。

なお、残業代を含む賃金については通常の5年間より短い消滅時効が設定されており、給与の支給日から3年間(2020年3月以前については2年間)を経過すると消滅時効により未払残業代を請求できなくなるため注意が必要です。

2 残業代の計算方法

残業代の計算式は次のとおりです

1時間あたりの賃金単価 × 割増賃金率 × 時間外労働時間

以下では各項目について詳しくみてみることにします。

(2)1時間あたりの賃金単価について

1時間当たりの賃金単価については、基礎賃金÷月平均所定労働時間で計算します。

基礎賃金とは基本給を意味するものではなく、基本給に加えて労働基準法で除外されている次の手当を除く諸手当が全て含まれます(労働基準法37条5項、同規則21条)。

  1. 家族手当
  2. 通勤手当
  3. 別居手当
  4. 子女教育手当
  5. 住宅手当
  6. 臨時に支払われた賃金
  7. 1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金

※ただし、名目的には上記手当として支給されていたとしても、家族構成や通勤距離・費用にかかわらず一律支給されているような家族手当・通勤手当のように実態が伴わないものについては除外できません

月平均所定労働時間については、次の計算式で求めることができます。

(365日−1年間の休日合計日数)×1日の所定労働時間÷12ヶ月

※閏年の場合には366日で計算

例えば、1日の所定労働時間が8時間、1年間の休日合計日数が120日の場合、(365

日−120日)×8時間÷12ヶ月となりますので、月平均所定労働時間は約163時間となります。

(3)割増賃金率

時間外労働などについては、一定のルールに基づき割増賃金率を乗じた賃金を支給する必要があります。割増賃金率のルールは次のとおりです。

種類割増率
時間外労働60時間以下25%以上
60時間超50%以上
休日労働35%以上
深夜労働25%以上

※時間外労働のうち、法定労働時間(1日8時間・週40時間)以内の時間外労働(法内残業)については割増賃金を支給する必要はありません

※休日には法定休日(労働基準法によって週1回または4週間に4回以上の付与を義務付けられた休日)と法定外休日(法定休日とは別に就業規則等により付与される休日)があるが、割増賃金の支払が必要なのは法定休日における労働についてです

※大企業についてはすでに60時間超での割増率が50%以上とされているが、中小企業については2023年4月より適用されます

3 固定残業代制(みなし残業代制)

数多くの企業において、固定残業代制(みなし残業代制)が採用されています。この制度は一定時間の残業が発生することを想定し、あらかじめ月給に残業代を含めて支給する制度です。この制度の下では残業をしても、しなくても固定残業代が基本給に含めて支給されることになります。

しかし、この制度はいくら残業した場合であったとしても残業代を支給する必要がない精度というわけではありません。想定している残業以上の時間外労働が発生した場合には追加で残業代を支給する必要があるため、固定残業代制を採用しているので企業は一切残業代を支払う必要がないというのは明らかな誤りです。

固定残業代制が有効とされるための要件は厳しく、数多くの裁判例において固定残業代制が無効と判断されています。固定残業代制が有効とされるための要件は以下のとおりです。

(1)固定残業代の採用が労働契約の内容となっていること

固定残業代制を採用するためには、固定残業代制の採用やその内容が労働条件通知書や雇用契約書、就業規則等において明確にされ、従業員との間で労働契約の内容となっている必要があります。

そのため、一方的に給与明細書に固定残業代を含む等と記載されているだけでは足りません。

(2)基本給と残業代の区別がつくこと

また、通常の基本給と固定残業代は明確に区別して支払うことが必要です。なぜならば、両者が明確に区別されてなければ、労働者は残業代の計算を行うことさえできず、適正な残業代の支払いを受けられているのか分からなくなるためです。

そのため、「基本給〇〇円、固定残業代〇〇円」や「月給〇〇円(〇時間分の固定残業代〇円を含む)」などの記載により明確に区別する必要があり、「月給〇円(固定残業代を含む)」などの記載は認められません。

(3)固定残業を超過した場合の精算

想定した固定残業を超過した場合に超過した分の残業代を追加で支給する必要があります。そのため、繰り返しになりますが、固定残業代制だから残業代を一切支払う必要がないことは明確な誤りです。

このように想定した残業時間を超過した場合に精算する合意をすることを固定残業代の要件とする見解もありますが、超過した場合に追加で残業代を支給することは法律上当然のことですので、企業はそのような合意の有無にかかわらず超過した分の残業代を支給する必要があります。

(4)固定残業代制が無効とされた場合

このような要件を満たしておらず、固定残業代制が無効とされた場合、①支払っていた固定残業代は残業代として認められないことになるため企業は一切残業代を支払っていないと評価され、②固定残業代部分は残業代計算の際の基礎賃金に含めて計算されることになります。

例えば、月給30万円(固定残業代含む)とされていたケースで、固定残業代制が無効とされてしまうと、月給30万円という企業が想定していた基本給より高い金額を基準に、過去発生した残業時間に対する残業代が全く支払われていない状態で残業代を請求することが認められるため、請求額は非常に大きな金額となります。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。