医師の時間外労働(宿直について)

働き方改革関連法が成立し、時間外労働の上限規制が設けられるなど社会的に労働法制の見直しが進んでおり、このような社会的影響は医師にも(医師に関する働き方改革の具体的な影響はこちら(コラム 働き方改革関連法対応))。そのような社会情勢下において、医療機関における労務管理の重要性がより一層増すことになりますが、医師の特徴的な就業形態に宿日直が存在します。

しかし、法律による規制を理解しないまま、法的にリスクを抱えた運用を行っている医療機関も散見されるところ、本コラムでは宿日直のルール、対応策について解説いたします。

目次

1 宿日直業務に関する取扱い

病院では宿直や日直などの宿日直業務が発生することが一般的です。

宿日直業務とは、通常労働とは異なり職場などにおいて監視や電話の受理・外来対応などの断続的業務を行う勤務形態であり、夜間に行うものを宿直、日中に行うものを日直と呼んでいます。

宿日直業務については通常勤務と態様が異なることから、労働基準法41条3号の「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」に該当する場合、宿日直の時間は労働時間として扱う必要がなくなりますが、これに該当しない場合には同様に時間外労働手当などを支給する必要があります。

2 宿日直業務の許可基準について

どのような業務であれば宿日直業務として許可が得られるについては厚労省から基準が示されていますが、医師はその勤務内容の特殊性を踏まえて、特に厚生労働省からは次の内容の「医師、看護師等の宿日直許可基準」が示されています(令和元年7月1日 基発0701第8号)。

  • 通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること
  • 宿日直中に従事する業務は一般の宿日直業務以外には特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること(具体的には次のような業務をいう)。
    • 医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等(軽度の処置を含む。以下同じ。)や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
    • 医師が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
    • 看護職員が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間(例えば非輪番日であるなど)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等を行うことや、医師に対する報告を行うこと
    • 看護職員が、病室の定時巡回、患者の状態の変動の医師への報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温を行うこと

③宿直の場合は、夜間に十分睡眠がとり得ること。
④上記以外に、一般の宿日直許可の際の条件を満たしていること。

一般の宿日直の許可基準(昭和22年9月13日 発基17号)
1 勤務の態様
イ 常態として、ほとんど労働をする必要のない勤務のみを認めるものであり、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とするものに限って許可するものであること。
ロ 原則として、通常の労働の継続は許可しないこと。したがって始業又は終業時刻に密着した時間帯に、顧客からの電話の収受又は盗難・火災防止を行うものについては、許可しないものであること。
2 宿日直手当
宿直勤務1回についての宿直手当(深夜割増賃金を含む。)又は日直勤務1回についての日直手当の最低額は当該事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者に対して支払われている賃金(法第37条の割増賃金の基礎となる賃金に限る。)の1人1日平均額の3分の1を下らないものであること。
3 宿日直の回数
許可の対象となる宿直又は日直の勤務回数については、宿直勤務については週1回、日直勤務については月1回を限度とすること。ただし、当該事業場に勤務する18歳以上の者で法律上宿直又は日直を行いうるすべてのものに宿直又は日直をさせてもなお不足でありかつ勤務の労働密度が薄い場合には、宿直又は日直業務の実態に応じて週1回を超える宿直、月1回を超える日直についても許可して差し支えないこと。
4 その他
宿直勤務については、相当の睡眠設備の設置を条件とするものであること。  

 なお、宿日直の許可は、一つの病院、診療所等において、所属診療科、職種、時間帯、業務の種類等を限って受けることも可能とされています。具体例としては、医師以外のみ、医師について深夜の時間帯のみといった許可のほか、病棟宿日直業務のみなどの業務内容を限定して許可も認められます。

3 宿日直中に通常業務に従事させてしまう場合

上記基準のとおり、宿日直においては通常の外来業務・診察業務などに従事させることは認められませんので、宿日直中にこのような通常の業務に従事させてしまっている場合、上記許可は認められません。

通達においても、宿日直に対応する医師等の数について、宿日直の際に担当 する患者数との関係又は当該病院等に夜間・休日に来院する急病患者の発 生率との関係等からみて、上記のように通常の勤務時間と同態様の業務に従事することが常態であると判断されるものについては、宿日直の許可を与えることはできないとされています。このような場合、医師に対して待機時間も含む宿日直の時間に相当する割増賃金全額の支払いが必要になる点には注意が必要です(大阪高判平成22年11月16日・労判1026号144頁)。

ただし、宿日直中に通常と同態様の業務がまれにあり得る場合について(例えば、突発的な事故による応急患者の診療又は入院、患者の死亡、出産等への対応など)、一般的には、常態としてほとんど労働することがない勤務と認められれば、宿日直として認められるとしています。なお、このような場合でも、通常と同態様の業務に従事した場合については、別途その時間に相当する割増賃金を支給する必要があります。

4 まとめ

以上のとおり、宿日直については厳格な要件を満たした上で、許可を受けなければ通常の残業と同様に割増賃金を支給する必要がありますので、漫然と宿日直手当を払っているからと多岐にわたる業務に医師を従事させている場合、後日、多額の残業代を請求される可能性も否定できません。なお、その他の医療機関における労働時間管理や残業問題に関しては「医療機関における労働時間管理」や「医療機関における残業代」で解説していますので、あわせて参考にしてください。

働き方改革が進む昨今、伝統的な医師の働き方についても見直し・点検が迫られていると言えるでしょう。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。