患者の身体拘束

目次

1.身体拘束とは

(1)身体拘束の定義

医療機関と患者との間には契約関係があり、従来の通説によれば準委任契約(民法656条)が成立していると考えられています(準委任契約と捉えず、診療契約という一種の無名契約と解釈する有力説もあります。)。民法上、準委任契約については、各当事者がいつでもその解除をすることができるとされているため(民法656条・651条1項)、医療機関側が退院を勧告することで、(入院を伴う)診療契約について解除の意思表示を行うこと自体は可能と考えられます。

身体拘束の種類については、厚生労働省が策定した「身体拘束ゼロへの手引き」(平成13年3月厚生労働省身体拘束ゼロ作戦推進会議)で次の11項目が例示されています。

身体拘束禁止の対象となる具体的な行為(厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」2001)
①徘徊しないように車椅子や椅子、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。②転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。③自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。④点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。⑤点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。⑥車椅子や椅子からずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y 字型抑制帯や腰ベルト、車椅子テーブルをつける。⑦立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるような椅子を使用する。⑧脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。⑨他人への迷惑行為を防ぐために、ベッドなどに体幹や四肢をひも等で縛る。⑩行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。⑪自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。

(2)身体拘束の必要性

身体拘束は、刑法上の犯罪に該当し得る行為です。例えば、手足を縛る行為は「逮捕罪」に、部屋から出られないように外から鍵をかける行為は「監禁罪」に該当し得ます(刑法220条)。

他方で、例えば、①入院中の高齢患者が転倒・転落して重度な障害を負ってしまった場合や、②精神疾患等を抱える患者が入院中に自殺又は自傷行為を図ったような場合には、患者やその家族又は遺族から、医療機関に対して、損害賠償請求がなされることがあります。

このような事態に備えるため、患者の同意が得られない場合であっても、医療機関側の判断で患者を身体拘束することが必要となることがあります。

2.身体拘束の基準

(2)交渉・調停

ア 身体拘束の可否

医療機関については、身体拘束の可否や基準について定めた法令等はありません。
これに対し、指定介護老人保健施設等については、介護保険指定基準の身体拘束禁止規定により、「サービスの提供にあたっては、当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者(利用者)の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。」と定められており(指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第39号)11条4項参照)、原則として身体拘束が禁止され、例外的に「緊急やむを得ない場合」に限り身体拘束が許されるとされています。

【対象】指定介護老人福祉施設、介護老人保健施設、指定介護療養型医療施設、短期入所生活介護、短期入所療養介護、痴呆対応型共同生活介護、特定施設入所者生活介護

指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(抜粋)
(指定介護福祉施設サービスの取扱方針)4 指定介護老人福祉施設は、指定介護福祉施設サービスの提供に当たっては、当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。5 指定介護老人福祉施設は、前項の身体的拘束等を行う場合には、その態様及び時間、その際の入所者の心身の状況並びに緊急やむを得ない理由を記録しなければならない。6 指定介護老人福祉施設は、身体的拘束等の適正化を図るため、次に掲げる措置を講じなければならない。一 身体的拘束等の適正化のための対策を検討する委員会(テレビ電話装置その他の情報通信機器(以下「テレビ電話装置等」という。)を活用して行うことができるものとする。)を三月に一回以上開催するとともに、その結果について、介護職員その他の従業者に周知徹底を図ること。二 身体的拘束等の適正化のための指針を整備すること。三 介護職員その他の従業者に対し、身体的拘束等の適正化のための研修を定期的に実施すること。

イ 身体拘束の要件(身体拘束の三原則)

「身体拘束ゼロへの手引き」によれば、「緊急やむを得ない場合」として身体拘束が許されるためには、①切迫性、②非代替性、③一時性の3つの要件を全て満たす必要があるとされています。

身体拘束の三原則
①切迫性:利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。→ 切迫性の判断を行う場合には、身体拘束を行うことにより本人の日常生活等に与える悪影響を勘案し、それでもなお身体拘束を行うことが必要となる程度まで利用者本人等の生命または身体が危険にさらされる可能性が高いことを、確認する必要があります。② 非代替性:身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと。→ 非代替性の判断を行う場合には、いかなるときでも、まずは身体拘束を行わずに介護するすべての方法の可能性を検討し、利用者本人等の生命または身体を保護するという観点から、他に代替手法が存在しないことを複数のスタッフで確認する必要があります。また、拘束の方法自体も、本人の状態像等に応じて最も制限の少ない方法により行われなければなりません。③ 一時性:身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること。→ 一時性の判断を行う場合には、本人の状態像等に応じて必要とされる最も短い拘束時間を想定する必要があります。

ウ 判例

医療機関における患者の身体拘束について、診療契約上の義務違反又は不法行為に該当するか否かを判断した最高裁判例として、最判平成22年1月26日があります。

同判例は、 当直の看護師らが抑制具であるミトンを用いて入院中の患者の両上肢をベッドに拘束した行為について、切迫性、非代替性、及び一時性の要件を認定した上で、患者が転倒、転落により重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行われた行為であって、診療契約上の義務に違反するものではなく、不法行為法上違法ともいえないと判示しました。

最判平成22年1月26日(民集64巻1号219頁)
【事案の概要】当直の看護師らが抑制具であるミトンを用いて入院中の患者Aの両上肢をベッドに拘束した行為が、診療契約上の義務に違反せず、不法行為法上違法ともいえないとされた事案。【要旨】1.事実認定(1)切迫性「Aは、せん妄の状態で、消灯後から深夜にかけて頻繁にナースコールを繰り返し、車いすで詰所に行っては看護師にオムツの交換を求め、更には詰所や病室で大声を出すなどした上、ベッドごと個室に移された後も興奮が収まらず、ベッドに起き上がろうとする行動を繰り返していたものである。しかも、Aは、当時80歳という高齢であって、4か月前に他病院で転倒して恥骨を骨折したことがあり、本件病院でも、10日ほど前に、ナースコールを繰り返し、看護師の説明を理解しないまま、車いすを押して歩いて転倒したことがあったというのである。これらのことからすれば、本件抑制行為当時、せん妄の状態で興奮したAが、歩行中に転倒したりベッドから転落したりして骨折等の重大な傷害を負う危険性は極めて高かったというべきである。」(2)非代替性「看護師らは、約4時間にもわたって、頻回にオムツの交換を求めるAに対し、その都度汚れていなくてもオムツを交換し、お茶を飲ませるなどして落ち着かせようと努めたにもかかわらず、Aの興奮状態は一向に収まらなかったというのであるから、看護師がその後更に付き添うことでAの状態が好転したとは考え難い上、当時、当直の看護師3名で27名の入院患者に対応していたというのであるから、深夜、長時間にわたり、看護師のうち1名がAに付きっきりで対応することは困難であったと考えられる。そして、Aは腎不全の診断を受けており、薬効の強い向精神薬を服用させることは危険であると判断されたのであって、これらのことからすれば、本件抑制行為当時、他にAの転倒、転落の危険を防止する適切な代替方法はなかったというべきである。」(3)一時性「本件抑制行為の態様は、ミトンを使用して両上肢をベッドに固定するというものであるところ、前記事実関係によれば、ミトンの片方はAが口でかんで間もなく外してしまい、もう片方はAの入眠を確認した看護師が速やかに外したため、拘束時間は約2時間にすぎなかったというのであるから、本件抑制行為は、当時のAの状態等に照らし、その転倒、転落の危険を防止するため必要最小限度のものであったということができる。」2.結論「入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきものであるが、上記(1)によれば、本件抑制行為は、Aの療養看護に当たっていた看護師らが、転倒、転落によりAが重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって、診療契約上の義務に違反するものではなく、不法行為法上違法であるということもできない。」

(2)精神科病院の場合

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)は、「精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」と規定しつつ(同法36条1項)、身体拘束については、「指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない」と定めています(同条3項)。

また、精神保健福祉法は37条において、厚生労働大臣は精神科病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる旨を定めるところ、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十七条第一項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」(昭和63年4月8日厚生省告示第130号)において、身体的拘束は、「代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならない」と定め、その対象となる感じについて、主として、①自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合、②多動又は不穏が顕著である場合、③①又は②のほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合に該当すると認められる患者であり、「身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるもの」とされています(同第四)。

3.身体拘束の手続き

前述2の身体拘束の要件を踏まえると、身体拘束を行う際のフローは以下のとおりとなります。

① 緊急やむを得ない場合の判断

「緊急やむを得ない場合」に該当するかどうかの判断は、担当のスタッフ個人では行わず、施設全体としての判断が行われるように、あらかじめルールや手続きを定めておくことが重要です。具体的には、施設内で「身体拘束廃止委員会」などの組織を設置し、事前に手続等を定めておくことが有効です。

② 利用者本人や家族への説明

利用者本人や家族に対して、身体拘束の内容、目的、理由、拘束の時間、時間帯、期間等をできる限り詳細に説明し、十分な理解を得るように努める必要があります。

なお、緊急やむを得ず身体拘束等を行う場合には、その態様及び時間、その際の利用者の心身の状況、緊急やむを得なかった理由を記録する必要があるところ(指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準11条5項)、当該記録については特段の書式があるわけではないことから、利用者本人や家族に説明をする際に用いる「身体拘束に関する説明書」に必要事項を記載するようにし、この写しを記録として保管することが効率的です。

③ 観察及び再検討

緊急やむを得ず身体拘束等を行う場合についても、「緊急やむを得ない場合」に該当するかどうかを常に観察、再検討し、要件に該当しなくなった場合には直ちに解除する必要があります。

④ 身体拘束の解除

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G&S法律事務所
小里 佳嵩(Yoshitaka Ozato)

弁護士法人G&S法律事務所 代表社員・弁護士。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学法科大学院修了。2014年弁護士登録(第二東京弁護士会)。TMI総合法律事務所勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。主に、スタートアップ法務、医療法務、不動産・建設法務、労働問題、一般企業法務等の分野を扱う。主な著書として、『建設・不動産会社の法務』(中央経済社・2016年、執筆協力)、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、編著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、編著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。