医療機関における採用時の注意点

クリニックや病院などの経営において、医師や看護師その他の医療従事者を新しく採用する際には雇用契約を締結することになります。その場合、クリニックや病院であっても会社などと同様に労働基準法や労働契約法といった労働法規制を遵守する必要があります。以下では、このような採用上の注意点について、特に医師や看護師などの医療従事者に関してポイントとなる点について解説いたします。

目次

1 雇用契約と業務委託契約

新しく医師を採用する場合、契約形態としては大きく雇用契約または業務委託契約として契約することが考えられます。

しかし、雇用契約か否かは契約の形式(契約書のタイトル)ではなく、その内容を考慮して実質的に判断されるため、労働法による規制や社会保険への加入義務を避けるために形式的には業務委託契約として契約したにもかかわらず、実際の業務態様に照らして事後的に雇用契約として判断される可能性は少なくありません。その場合、事後的に未払残業代や社会保険料などの支払いをまとめて支払うことになりますので、経営に大きな影響を与えることになりかねません。

そのため、業務委託として有効に契約するためには雇用契約と判断されないように、使用者の指揮監督下で働いていると評価されないように、実際の働き方などについて配慮する必要があります

具体的には、契約書において業務委託契約であることを明記することはもちろん、実際の業務においても業務について諾否や勤務時間について裁量を与えるなどの必要がありますので、シフトを組んで特定の枠の外来・診療業務を担当するように所定の時間に出勤するように指示をしているような場合には雇用とされる可能性が高いでしょう。

以上のとおり、業務委託として法的に有効に採用するためには契約内容、実際の業務内容などについて慎重に検討する必要があるところ、事後的に雇用契約などと判断されて過大な出費を強いられることがないように専門家に相談することが望ましいでしょう。

2 労働契約の締結

(1)労働契約

医師を勤務医として雇用契約を締結する場合、雇用契約書を締結することは法律上の義務とはされていませんが、少なくとも雇用契約の締結に際して次の内容を盛り込んだ労働条件通知書を交付することが義務付けられています(労働基準法15条、同施行規則5条)。

  • 労働契約の期間に関すること
  • 就業場所や仕事の内容
  • 始業時間・終業時間・休憩時間・休日・休暇など
  • 賃金・年俸や、計算・支払方法、締め切り・支払い時期
  • 退職に関すること

もちろん、労働条件について事後的にトラブルにならないように最低限上記のような事項を含んだ雇用契約書を締結することが望ましいといえますが、医師との雇用契約について特に注意するべき事項について解説いたします。

ア 労働契約の期間

雇用契約については、大きく分けて無期雇用契約と有期雇用契約が存在しており、それぞれ規制内容が異なっています。

(ア)無期雇用契約

雇用契約のうち、雇用期間の終期(雇用期間の期限)を定めないで締結する雇用契約を無期雇用契約といいます。例えば、正社員といった形態はこの無期雇用契約の形態をとることが一般的と思われます。

無期雇用契約については、労働契約法16条において「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」として、客観的合理的な理由と社会的相当性がなければ解雇(中途解約)することができないとされているように、厳しい解雇規制が課されています。解雇規制の詳細や手続については、「解雇の基礎知識」で解説しています。

(イ)有期雇用契約

雇用契約のうち、契約で定めた雇用期間の終期が到来することにより雇用契約が終了するものを有期雇用契約といいます。いわゆる、契約社員といった形態はこの有期雇用契約の形態をとることが一般的です。

いきなり無期雇用契約とすることはリスクがあるため、継続的な勤務が可能かどうかの適性を確認するために、まずは有期雇用契約として契約するという判断もあり得るところです。

しかしながら、有期雇用契約だからといって当然に契約期間の満了をもって契約を終了することができるわけではありません。例えば、長期の勤務を前提にしているにもかかわらず形式だけ有期雇用としているような場合や有期雇用契約ではあるが漫然と契約更新を繰り返しているような場合については、実質的に無期雇用契約と変わらないとの理由から雇用期間の終期をもって雇用契約を終了(雇止め)するためには解雇と同様に客観的合理的な理由と社会的相当性がなければ、従業員からの更新の申入れを拒否できないとされている点には注意が必要です(労働契約法19条)。

もちろん、有期雇用では良い人材が集まらない可能性もありますので、より良い人材を募集するという人事戦略的な観点も踏まえた上で雇用期間をどのように設定するかについての検討が必要です。

イ 労働時間

労働基準法の法定労働時間は1週間40時間、1日8時間が原則とされています(労基法32条)。しかし、スタッフなどの従業員が常時10名未満の病院やクリニックについては特例措置対象事業所として1週間の労働時間を44時間までとすることが認められています(労働基準法40条、労基法施行規則25条の2)

上記の特例が適用される病院やクリニックにもかかわらず、所定労働時間を1週間40時間と定めてしまった場合、1週間の労働時間が40時間を超えた場合に法律上、支払う必要のない時間外労働手当を支払う必要が生じます。また、1週間の所定労働時間を40時間とした場合には44時間とした場合と比較して1時間当たりの基準賃金が増えますので、時間外労働手当の金額が増えてしまうことも無視できません。

そのため、単に1週間40時間、1日8時間と定めるのではなく、病院やクリニックに応じた労働時間を定める必要があります。

(2)就業規則

常時10人以上の医師やスタッフなどの従業員を雇用する病院やクリニックにおいては就業規則を作成し、これを所轄労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています(労働基準法第89条)。しかし、この基準を下回る病院やクリニックはもちろん常時10人以上の病院やクリニックでも就業規則が作成されていない場合が少なくありません。

就業規則を作成する目的・効果としては、明確なルールを定めることでその病院やクリニックの円滑な職場環境を実現すること、また、労働トラブルを未然に予防することが挙げられます。そのため、常時10人以上のスタッフを雇用する病院やクリニックはもちろんですが、労働基準法上、就業規則の作成が義務付けられていない場合であっても就業規則を整備しておくことが望ましいと考えられます。以下では、病院やクリニックの就業規則の作成上の注意点について解説いたします。

ア 服務規律

就業規則では、職場内で遵守するべき事項を服務規律として規定することが一般的です。しかし、病院やクリニックは通常の企業と異なり、より清潔な環境が求められること、患者の健康情報というプライバシー性の高い個人情報を取り扱うこと等を踏まえて、病院やクリニックならではの服務規律を定める必要があります。例えば、次のような内容が考えられます。

  • 服装、髪型、白衣や制服着用などの清潔な身だしなみに関する規定
  • 院内感染を起こすおそれのある感染症にかかった場合の対応
  • 秘密保持に関する規定(医療記録、情報端末の取扱い等)

イ 労働時間

前述のように、特例措置対象事業所については1週間の労働時間を44時間までとすることが認められていますので、このような特例措置を適用できないか検討することが考えられます。

その他、病院やクリニックでは午前または午後のみの診察日を設ける例も多く存在しますが、1週間全体で40時間(44時間)の勤務時間を設定しようとすると、午前・午後両方の診察日がある曜日の労働時間が8時間を超えてしまう可能性があります。また、1日の診察時間が合計で8時間だとしても、診察前後の準備・片付けの時間も労働時間に含まれてしまうため、この場合も1日8時間の制限を超えてしまうことになります。原則として1日の所定労働時間を8時間以上とすることはできませんので、このように1日の労働時間が8時間を超えてしまった場合には超えてしまった分の労働時間分については時間外労働手当を全額支払うのが原則です。

これに対応するために病院やクリニックでは1日の労働時間について8時間を超えて設定できる変形労働時間制を採用することが考えられます。この制度を利用することにより1日の所定労働時間を最長10時間と定めることが可能になります(ただし、8時間を超過する部分については割増賃金の支給は必要です)。

なお、変形労働時間制を利用するためには、労使協定や就業規則等でこの制度を採用することを明記する必要があったり、運用や残業代の計算が複雑となりますので専門家に専門することが望ましいでしょう。

3 試用期間と本採用拒否

医師やスタッフの採用は大きな決断となりますので、病院やクリニックでも一般の企業と同様に本採用前に試用期間を設ける例が数多く見受けられます。しかし、試用期間だからといって簡単に解雇や本採用拒否することは認められていないので注意が必要です。

そもそも、試用期間とは法的には「解約権留保付労働契約」とされています。すなわち入社により確定的に雇用契約は締結されるものの、雇用契約の解約権を留保しており、試用期間中に当該従業員が不適格であると認めた場合には、解約権の行使すなわち本採用を拒否しうるという契約です。

つまり、雇用契約自体は成立しているため、その中途解約については解雇と同様に客観的に合理的な理由と、社会的相当性が認められる必要があります。ただし、解約権を留保している趣旨に照らして、通常の解雇よりも使用者側の裁量が広く認められるとされています。

しかし、病院やクリニック側に広い裁量が認められているからといって、自由に本採用の拒否が認められるわけではありません。実際、数多くの裁判例において、本採用の拒否は不当として、本採用拒否(解約)が無効と判断されています。

また、試用期間の満了とともに、留保していた解約権は失われて当然に通常の雇用契約に移行するとされている点にも注意が必要です。もし、見極めに今しばらく時間がかかると判断した場合には試用期間満了前に試用期間を延長する手続を行う必要があります(なお、試用期間の延長についても無制限に認められるわけではなく、延長する期間や回数についても合理性が必要とされます)。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。