医療機関におけるハラスメントと対応策

医療機関では、職務の性質上ミスは患者の生命・身体に影響を及ぼしかねないため医師や看護師などの医療従事者の責任・プレッシャーは重く、また、緊急事態への対応が迫られる場面も少なくないため高い緊張状態に置かれています。さらに、専門職であるところ個人の裁量が大きくなりがちで、企業のように組織的な統制が及ぼしにくいという特殊性を備えており、ハラスメントの発生しやすい素地があるといえるでしょう。

以下では、ハラスメントに関する一般的な事項に触れた上で、このような医療機関の特殊性を踏まえたハラスメント対策について解説いたします。

目次

1 パワーハラスメント(パワハラ)

(1)パワーハラスメントの定義

パワーハラスメント(パワハラ)とは、優越的な関係(背景)に基づいて行われる、業務上の適正な範囲を超えて行われる、身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害することと定義されています

この定義の要素を分解すると次のように整理ができます。

①優越的な関係(背景)に基づいて行われること
②業務上の適正な範囲を超えて行われること
③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

このような要素を全て満たすものがいわゆるパワーハラスメントに該当するものとされます

(2)パワーハラスメントの類型

とはいえ、パワーハラスメントの内容は多岐にわたるところ、いわゆるパワハラについては、厚生労働省により大きく次のような種類に分類されています。

  1. 身体的な攻撃(暴行など)
  2. 精神的な攻撃(暴言・侮辱・名誉棄損など)
  3. 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視など)
  4. 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能な業務の指示・業務上の妨害など)
  5. 過小な要求(合理的な理由なく経験、能力に照らして明らかに程度の低い業務の指示など)
  6. 個の侵害(プライベートな事項への過度の干渉など)

パワハラについては業務上の指導の範囲か否かということで問題になるケースが多く、1~3は前述の①~③の要素を満たすケースが多いためパワハラに該当する可能性が高い類型ですが、4~6についてはパワハラか業務上の指導の範囲内か(②の要素を満たすか)の区別が難しい事例も多く存在します。

類型ごとに具体的な事例を整理すると次のとおりです。

類型①~③を満たすと考えられる例①~③を満たさないと考えられる例
身体的な攻撃・上司が部下に対して、殴打、足蹴りをする・業務上関係のない単に同じ企業の同僚間の喧嘩(①、 ②に該当しない)
精神的な攻撃・上司が部下に対して、人格を否定するような発言をする・遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない部下に対して上司が強く注意をする(②、③に該当しない)
人間関係からの切り離し・自身の意に沿わない社員に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりする・新入社員を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育を実施する(②に該当しない)
過大な要求・上司が部下に対して、長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる・社員を育成するために現状よりも少し高いレベルの 業務を任せる(②に該当しない)
過小な要求・ 上司が管理職である部下を退職させるため、誰でも遂 行可能な受付業務を行わせる・経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせる(②に該当しない)
個の侵害・思想・信条を理由とし、集団で同僚1人に対して、職場内外で継続的に監視したり、他の従業員に接触しないよう働きかけたり、私物の写真撮影をしたりする・社員への配慮を目的として、社員の家族の状況等についてヒアリングを行う(②、③に該当しない)

特に医師については、その専門性ゆえの知識・スキルの向上の重要性、ミスが患者の生命・身体に危険を与えかねないという医療行為の重大性などが理由で指導なども厳しいものになりがちです。また、伝統的に許容されていた指導であったとしても、時代の変化や昨今のコンプライアンスの意識の高まりを背景にパワハラに該当すると判断される可能性は一層高まっており、注意が必要です。

2 セクシャルハラスメント(セクハラ)

(1)セクシャルハラスメント(セクハラ)の定義

セクシャルハラスメント(セクハラ)とは、広く相手方の嫌がる性的言動をいいます

セクハラについては、大きく職務上の地位を利用して性的な関係を強要などする対価型セクハラ職場内での性的な言動などにより職場環境を損なう環境型セクハラの2種類に分類されています。それぞれの典型例を整理すると次のとおりです。

セクハラの種類具体例
対価型セクハラ: 職務上の地位を利用して性的な関係を強要、それを拒否した場合に不利益を負わせるもの・上司が性的な関係を要求したが拒否されたので不利益な人事考課をおこなう
・上司の職場内での性的な発言に対して抗議した者に支店での配置転換をおこなう
環境型セクハラ: 性的な関係は要求しないものの、職場内での性的な言動により働く人を不快にさせ、職場環境を損なうもの・職場で性的な話題を口にする
・恋愛経験を執拗に尋ねる
・歓送迎会などで隣に座って酌をするように強要する
・業務と関係のないLINEなどを執拗に繰り返す

(2)セクシャルハラスメント(セクハラ)の判断基準

そして、どのような行為がセクハラに該当するかについては、平均的な労働者の感じ方を基準に判断するものとされ、当該性的言動によって平均的な労働者が精神的苦痛を負うものについてはセクハラと判断されます

医療機関においては、特に優越的な地位にある医師に男性が多く、他方でその指示命令を受ける看護師に女性が多いため一般企業よりセクハラが発生しやすい環境が存在します。そのため、医療機関においてはセクハラの発生・防止により慎重な対応が望まれます。

3 その他のハラスメント

以上のようなパワーハラスメント、セクシャルハラスメント以外にも多様なハラスメントが存在します。

例えば、妊娠・出産・育児などを理由とする嫌がらせや人事上の不利益処分を行うマタニティハラスメント(マタハラ)、アルコールに関する嫌がらせ行為を行うアルコールハラスメント(アルハラ)等、様々な種類のハラスメントが存在します。いずれのハラスメントについてもその防止のための対応が重要であることに変わりはありません。

4 ハラスメントによる法的責任と対応策

(1)医療機関の責任

パワハラやセクハラ等のハラスメントは民事上の不法行為を構成し、加害者はその損害について不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります(民法709条)

また、自らはハラスメントを行っていない場合であっても、雇用する医師などがハラスメントを行ってしまった場合についても、事業主である医療機関や院長については、①雇用主としてその不法行為に対する使用者責任(民法715条1項)、または②雇用契約上の付随義務である職場環境配慮義務の違反(民法415条)を理由に損害賠償責任を負う可能性があります

仮に、ハラスメントとして損害賠償責任を負うことになれば精神的な苦痛に対する慰謝料のみならず、ハラスメントを理由に心身に異常を来たせば治療費・通院費用やその間の休業損害、さらにハラスメントを理由に退職に至った場合には本来得られたはずの賃金(逸失利益)などの損害賠償責任を負担することになります。

さらに、ハラスメントの発生によるレピュテーションリスク、労働環境の悪化による退職者の発生などハラスメントによるリスクは挙げればきりがありません。

(2)ハラスメントを防止するための法的義務

また、セクシャルハラスメントについては男女雇用機会均等法の改正により2020年6月1日よりこれを防止するための措置を講じることが法的義務とされ、さらにパワーハラスメントについても労働施策総合推進法の改正により2022年4月1日より中小規模の医療機関も含めてこれを防止するための措置を講じることが法的義務とされました

これに違反した場合など必要がある場合に、法律上、厚生労働大臣は事業主に対して報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができると定められており、虚偽報告などした場合については罰金・過料の処分に、勧告に従わなかった場合には公表することができると定められていますので、医療機関においては対策を行うことが急務といえます。

(3)対応策

パワハラやセクハラ等のハラスメントについては事前の対策が何よりも重要となります。

この点、厚生労働省は「パワーハラスメントの防止指針」や「セクシャルハラスメントの防止指針」を定めており、参考になります。指針の概要は次のとおりです。

ア 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

就業規則その他の職務規律等を定めた文書において、ハラスメントを行ってはならない旨の方針を規定し、当該規定とあわせて職場におけるハラスメントの内容及びその発生の原因や背景を労働者に周知・啓発することが考えられます。

その他、社内報、パンフレット、社内ホームページによる広報活動、また、ハラスメント防止のための研修、講習などの実施が挙げられています。

また、単に禁止のみならずハラスメントを行った者に対する就業規則その他の懲戒規程の整備、そしてその内容を周知・啓発することも重要となります。

イ 相談及び苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

ハラスメント対策として、相談等に対応するために内部または外部の相談窓口を設置し、労働者に周知することが考えられます。

また、単に窓口を設置すれば良いというわけではなく、相談窓口が適切に機能するように相談窓口の担当者と人事部門との連携を図れるようにすること、対応時の留意点を記載したマニュアル等を整備すること、適切に対応できるように相談窓口の担当者などに対して研修・講習を実施すること等も重要です。

ウ 職場におけるハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

万が一、ハラスメントが発生して相談等の申し出があった場合に、迅速かつ正確に事実関係を確認し、適正な対処をできる体制を整備することが考えられます。

そのためには事実関係を迅速かつ正確に確認するとともに、当事者の心身の状況などに配慮できるヒアリングの仕組みを構築すること、また、事案の内容や状況に応じて関係改善に向けた援助や被害者と行為者を引き離すための配置転換を実施できるような就業規則その他の服務規律等の規程の整備などの対応が必要となります。

また、再発防止に向けてハラスメントに対する方針の周知・啓発や処分の告知等の取り組みも重要です。

5 まとめ

以上のとおり、パワハラやセクハラのハラスメントへの対応が法律で義務付けられたこともあり、医療機関においてもパワハラやセクハラのハラスメント対応についても無関係ではいられません。ハラスメントの発生しやすい特殊な業務環境を考慮するとその必要性は一般的な企業より高いと言えるかもしれません。

ハラスメントへの対策については厚生労働省も内容を整理しているところですが、その実施に際しては医療機関の職場環境に応じた配慮が求められます。そのため、具体的なハラスメント対策については専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。