モンスターペイシェント対応

目次

1.モンスターペイシェントとは

モンスターペイシェントについて、厳密な定義はありませんが、一般に、医療機関や医療従事者に対して不当な要求や言動を行う患者のことをいいます。用語は和製英語です。
具体的には、以下のような患者の例があります。

①担当医の診察に納得せず、必要のない検査を要求したり、別の医師による診察を要求する患者

②入院中の担当看護師に対して性的な言動を行う患者

③ささいなミスや待ち時間に対して過剰なクレームをつけたり、大声で怒鳴る患者

2.事前対応

実際に患者が不当な要求や言動を行ってきた場合、とっさに現場で適切な対応をとることは困難であることが多いため、重要となるのは事前に対応策を決定しておくことです。

医療機関は、患者との関係では(診療)契約上、医療従事者との関係では労働契約上の付随義務として安全配慮義務を負っているため、患者や医療従事者の生命・身体等の安全を確保すべく、安全管理体制を整備しておくことが必要となります。

この点、厚生労働省が策定した「医療機関における安全管理体制について」(平成18年9月25日医政総発第0925001号)は、病院における安全管理体制整備のポイントとして、①安全管理体制に対する医療機関の方針の明確化、②予防:暴力発生、乳幼児連れ去り事件発生のリスクの低減、③事件発生時及び事後の対応を検討した上で、④安全管理対策マニュアルの整備と職員教育の実施を行うことを掲げており、参考になります。

また、日本看護協会では、「保健医療福祉施設における暴力対策指針―看護師のために―」(2006年11月)を定めており、同指針においても暴力のリスクマネジメントについて、安全管理体制の整備が掲げられており、マニュアルの整備と教育の必要性が説かれています。

実際の制度設計、マニュアルの整備、及び職員向け研修の実施にあたっては、弁護士等の専門家の助言が有効なため、早めに安全管理体制のアップデートについて相談を行うことを推奨いたします。

3.具体的な問題行動への対応

(1)不当な要求

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①担当医の診察に納得せず、必要のない検査を要求したり、別の医師による診察を要求する患者に対して、どのように対応を行えばよいでしょうか。

患者からの不当と思われる要求への対応にあたっては、要求の内容を正確に把握し、正当なクレームなのか悪質なクレームなのかを判断する必要があります。

当然ながら、正当なクレームに対しては誠実に対応し、悪質なクレームに対してはモンスターペイシェントの言いなりとならないように、前述2で策定した安全管理対策マニュアルに沿った対応をとることが必要となります。

まず、悪質なクレームであっても、いきなり対話を拒絶してしまうと、患者が反発し、かえって問題が深刻化するおそれもありますので、患者の納得を得るために、できる限りの対話を行っておくことが望ましいです。

他方で、医療機関には応招義務があり、患者を治療する法的義務がありますが、理不尽な要求に対して無制限に対応する法的義務を負うわけではありませんので、患者から付け込まれることのないように複数名で毅然とした対応をとっていくことが重要です。

また、患者からの要求内容や要求態様を証拠化し、その適否を事後に第三者が検証できるように、ICレコーダーなどを用いて録音しておくことが有効です。なお、その場に同席して会話を聞いている者がICレコーダーなどを用いて録音を行う場合、会話相手の同意は必須ではありません。

(2)セクシャル・ハラスメント

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②入院中の担当看護師に対して性的な言動を行う患者に対して、どのように対応を行えばよいでしょうか。

患者によるセクハラ行為への対応にあたっては、第一に、被害者本人から加害者に対し、加害者に不快な言動であることを意思表示し、セクハラが発生した日時、加害者及び内容等について記録しておくことが重要です。

また、セクハラ被害を受ける際は1人であることが多く、このような意思表示を行うことが困難な場合も想定されるほか、事後的にセクハラ行為を証明する際に証拠が被害者の証言しか存在せず、言い逃れを許してしまうおそれもあります。そのため、第二に、セクハラを受けることが予想される場合には、患者と2人きりにならないよう複数名で対応し、患者の言動をICレコーダー等で記録しておくことが有効です。

さらに、実務上は、セクハラを受けた際に助けを呼ぶため、防犯ベルを携帯させている例も多くみられます。

患者による暴言や、胸ぐらを掴むなどの暴力行為への対応にあたっては、毅然とした警告を行い、警告しても暴言・暴行をやめない場合には、制止した上で別室に移動させて対応することが望ましいです。

(3)暴行・暴言

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①担当医の診察に納得せず、必要のない検査を要求したり、別の医師による診察を要求する患者に対して、どのように対応を行えばよいでしょうか。

暴行を制止しきれず、医療従事者がケガをした場合や医療従事者での対応が困難な場合には、警察に通報して協力を要請することも視野に入ってきます。警察に通報したという事実は、後で患者側との間で紛争となった場合に、患者側の言動に問題があったことを推認させる事情となります。

なお、患者の暴力が原因で医療従事者がケガをした場合には、労働災害となるほか、安全配慮義務に反したと判断されると民事上の損害賠償責任を負うことも考えられますので、あらかじめ安全管理対策マニュアルを策定し、暴力の兆候を示す患者への対応策を協議し決定した上で、有事の際に適切に対応できるよう準備しておくことが何よりも重要です。

4.事後対応

患者による問題行動の事後の対応としては、さらなる被害を防止するため、問題行動の内容を可能な限り詳細に記録し、情報を共有しておくことが重要です。

その上で、実際の対応方法を協議していくことになりますが、具体的には、①警告を行い、それでも問題行動が繰り返される場合、②診療拒否や、③被害届の提出や刑事告訴などを検討する方法が考えられます。

(1)警告

当該患者に対して口頭での警告を行ってもなお問題行動が続くようであれば、弁護士名義による内容証明郵便により警告を行うことが有効です。

内容としては、問題行動の内容の記録を根拠として、問題行動の内容を指摘した上で、問題行動を繰り返す場合には、後述の診療拒否や被害届の提出を行わざるを得ないことを記載するのが一般的です。

(2)診療拒否

診療拒否の可否・基準については、厚生労働省の通達で目安となる考え方が示されています。

診療時間内に来院した患者に対しては、原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要があります。ただし、医療機関・医師等の専門性・診察能力などのほか、「患者と医療機関・医師等の信頼関係」などを考慮して正当性を判断すべきとされており、急患の場合と比べて緩やかに診療拒否が正当と認められるとされています(令和元年12月25日医政発1225第4号)。

裁判例からみても、医療機関からの警告にもかかわらず患者が問題行動を是正せずに繰り返すような場合であれば、患者と医療機関の信頼関係を維持することは困難ですから、信頼関係が維持できないとして、診療を拒否することは可能だと考えられます。

(3)被害届の提出・刑事告訴

不当要求に対しては強要罪、待合室など不特定多数人の出入りする場所でのセクハラについては不安防止条例違反、暴行・暴言については暴行罪や傷害罪などが成立する可能性があります。

このような場合、現行犯であれば110番をして警察に臨場を求めるのも一案です。また、医療機関側は、被害を受けた医療従事者や医療機関の名義で被害届を提出したり、また、刑事告訴することが考えられます(刑事訴訟法241条1項)。

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G&S法律事務所
小里 佳嵩(Yoshitaka Ozato)

弁護士法人G&S法律事務所 代表社員・弁護士。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学法科大学院修了。2014年弁護士登録(第二東京弁護士会)。TMI総合法律事務所勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。主に、スタートアップ法務、医療法務、不動産・建設法務、労働問題、一般企業法務等の分野を扱う。主な著書として、『建設・不動産会社の法務』(中央経済社・2016年、執筆協力)、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、編著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、編著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。