パワーハラスメントの基礎知識

目次

1 パワハラとは

パワーハラスメント(パワハラ)とは、①優越的な関係(背景)に基づいて行われる、②業務上の適正な範囲を超えて行われる、③身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害することと定義されています
厚生労働省では、パワハラに該当する行為の類型が次のように整理されており、そのうち上記の①~③を満たすものがパワハラに該当するとされています。

類型①~③を満たすと考えられる例①~③を満たさないと考えられる例
身体的な攻撃上司が部下に対して、殴打、足蹴りをする業務上関係のない単に同じ企業の同僚間の喧嘩(①、 ②に該当しない)
精神的な攻撃上司が部下に対して、人格を否定するような発言をする遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない部下に対して上司が強く注意をする(②、③に該当しない)
人間関係からの切り離し自身の意に沿わない社員に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりする新入社員を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育を実施する(②に該当しない)
過大な要求上司が部下に対して、長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる社員を育成するために現状よりも少し高いレベルの 業務を任せる(②に該当しない)
過小な要求 上司が管理職である部下を退職させるため、誰でも遂 行可能な受付業務を行わせる経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせる(②に該当しない)
個の侵害思想・信条を理由とし、集団で同僚1人に対して、職場内外で継続的に監視したり、他の従業員に接触しないよう働きかけたり、私物の写真撮影をしたりする社員への配慮を目的として、社員の家族の状況等についてヒアリングを行う(②、③に該当しない)

2 パワハラを受けてしまったら

パワハラに該当する行為により身体的・精神的損害を生じた場合には民法上の不法行為が成立し、損害賠償責任が認められる可能性があります(民法709条)。
また、上司のパワハラにより不法行為が成立する場合、会社も使用者として損害賠償責任を負うことになります。
そのため、パワハラ行為の是正とあわせて、上記の損害賠償を請求することが考えられます。

さらに、パワハラについては、「労働施策総合推進法」の改正により、令和2年6月から(中小企業については令和4年4月から)職場におけるパワハラ対策を実施することが義務付けられることになり、具体的な施策の内容が○○において示されています。
また、上記法律を受けて厚生労働省により「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が制定され、事業主が雇用管理上で講じるべき措置について次の4項目が明示されています。
①事業主の方針の明確化及び周知・啓発
②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③職場におけるパワハラにかかる事後の迅速かつ適切な対応
④上記の措置と併せて相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること等の措置を講ずること

上記については明確に罰則が定められているわけではありませんが、会社は従業員が安全で健康に労働することができるように配慮するべき義務(安全配慮義務)を負うとされており(労働契約法5条)、上記のような法律上義務付けられた施策を実施せずにパワハラにより従業員が損害を被った場合には、安全配慮義務に違反しているとして損害賠償責任を負うことも考えられます。そのため、会社に対しては上記の施策の実施とあわせて、その責任を追及をすることも考えられます。

他方で、パワハラについて上司や会社の責任追及を求めていく際には、具体的にどのようなパワハラ行為が行われたかを立証するための証拠が重要となります。
証拠としては、パワハラ行為・言動を録音したスマートフォンやICレコーダー等の録音記録、いつどのようなパワハラ行為・言動があったか等を詳細に記録した手帳・日記などが重要な証拠となります。

ただ、このようなパワハラの被害にあっている場合、身近な人間にはなかなか相談しにくく、また、パワハラの相手方である上司や会社に対してその是正や責任追及を求めていくことは非常にハードルが高いものです。
会社での内部通報窓口に相談することも方法の一つですが、それにより必ずしも解決できるとも限りませんので、お困りの際には弁護士への相談をご検討ください。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。