医療法人におけるインフォームドコンセント(説明と同意)

目次

1 インフォームド・コンセントと説明義務

企業の場合、企業活動による剰余金を株主などに配当することが認められていますが、医療法人では剰余金の配当が禁止されており(医療法54条)、この点を捉えて医療法人は非営利であって、利益を追求することは認められないとされることがあります。

しかし、同条文は剰余金の配当が禁止されているにすぎず、もちろん医療法人が設備投資、役員や従業員に対して給与を支払うこと、理事長が保有する土地・建物の賃料を支払うことなどは禁止されておらず、利益の追求一般が禁止されるわけではありません。

ただし、次のような行為は剰余金の配当禁止を潜脱する配当類似行為として禁止されているので注意が必要です。

2 説明すべき項目

それでは、医師は診療行為を行うにあたり説明義務を負うとして、具体的にどのような範囲で説明義務を負い、患者に説明するべきなのでしょうか。

この点、判例は、「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、①当該疾患の診断(病名と病状)、②実施予定の手術の内容、③手術に付随する危険性、④他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、⑤予後などについて説明すべき義務があると」と判示しています(最判平成13年11月27日)。

また、厚労省の診療情報提供指針において、医療従事者が患者に対して説明するべき項目として、(1)現在の症状及び診断病名、(2)予後、(3)処置及び治療の方針、(4)処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用、(5)代替的治療法がある場合には、その内容及び利害得失(患者が負担すべき費用が大きく異なる場合には、それぞれの場合の費用を含む。)、(6)手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要(執刀者及び助手の氏名を含む。)、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無、(7)治療目的以外に、臨床試験や研究などの他の目的も有する場合には、その旨及び目的の内容のように、判例を敷衍した内容を掲げており、医師の説明義務の内容を理解する上で参考となります。

3 説明義務の程度

説明義務の程度については、患者の能力や実施する医療行為の内容・危険性の程度などによって変わります。例えば、患者の判断能力に問題がある場合や、危険性の高い医療行為を行う場合には、より丁寧な説明を行うことが求められます。

また、説明すべき項目として、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失について説明するべきとされていますが、この説明義務の程度については、いくつかの類型にわけることができます。

(1)有効性・安全性が確立した治療法が複数ある場合

このように医療水準として確立した治療法(術式)が複数存在する場合には、患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上、判断することができるような方法で、それぞれの治療法の違い、利害得失を分かりやすく説明することが求められるとされています。

(2)治療法は複数あるが、一方は確立した治療法であるのに対し、他方は医療水準として未確立な治療法である場合

前提として、医師の注意義務違反の基準が医療水準であることから、説明義務を負うのも医療水準に達している治療法に限られることになります。そのため、原則として、医療水準に達している治療法については説明義務を負うものの、医療水準に達していない未確立の治療法については説明義務を負うものではありません。

ただし、判例は、未確立の治療法であっても、①少なからぬ医療機関において実施されており、②相当数の実施例があり、③これを実施した医師の間で積極的な評価もされている治療法について、④患者が当該治療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該治療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合においては、医師は当該治療法について、患者に対して、知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該治療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があると判示している点には注意が必要です。

(3)確立した治療法はないが、医療水準として未確立な治療法が複数ある場合

この点、前述のとおり、医療水準に達していない未確立の治療法については、医師は当然に説明義務を負うものではありません。しかし、患者から未確立の治療法について説明を求められた場合に、その説明を行うことはインフォームド・コンセントの観点からは望ましいものと考えることができます。

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G&S法律事務所
野崎 智己(Nozaki Tomomi)

弁護士法人G&S法律事務所 パートナー弁護士。早稲田大学法務部卒業、早稲田大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会にて2014年弁護士登録。弁護士登録後、東京丸の内法律事務所での勤務を経て、2020年G&S法律事務所を設立。スタートアップ法務、医療法務を中心に不動産・建設・運送業などの企業法務を幅広く取り扱うとともに、離婚・労働・相続などの一般民事事件も担当。主な著書として、『一問一答 金融機関のための事業承継のための手引き』(経済法令研究会・2018年7月、共著) 、『不動産・建設取引の法律実務』(第一法規・2021年、共著)、「産業医の役割と損害賠償責任及びその対処」(産業医学レビューVol.32 No.1・令和元年、共著)、『弁護士のための医療法務入門』(第一法規・2020年、共著)等。